芸術家奥田民生

奥田民生『LION』(2004)。
LION
とてもひさしぶりに聴いた。 2004 年発売直後に買いましたよ。当時奥田民生を重点的に追っていたのだった。まあ思い出話はしなくていいんですけど、音質がすごいいいですよねこれ。当時これ聞いて「他の音楽はもう聞けなくなるんじゃないか」と思った。その予想は外れたけどでもこれは今聞いても「いい音だなあ」と思う。まああんまり音質にこだわった CD を選んでないってのもあるんでしょうが。
音質のことも関わってはくるのだが奥田民生を好きな人は奥田民生の何を見てるのだろう、という話がしたい。ちなみに僕の奥田民生の歴史はこのへんで止まってるので、的外れなこと書いてもリアルタイムで追ってるかたはあまり真に受けないでほしいです。
早い話、奥田民生ってそんなにみんなに受けるタイプのミュージシャンではないと思う。裏返せば、かれは玄人受けするタイプのミュージシャンだ。いわゆるミュージシャン図ミュージシャンってやつ(図は五返還(誤変換))。それは先に述べた、音質にこだわるということから見えたりもする。このアルバム聴いてると、なんかすごい作り込んでるなあという気がする。感じがする。ただしそれは複雑な録音とかなんか小難しいことをしてるわけじゃなくて(小難しい音楽も僕はもちろん好きですが)、バランスのとれたまともなロック・ミュージックとしての完成度をどこまでつきつめられるか、というところに彼の仕事は注がれていると思う。計算されつくされているけどギチギチに詰まってるわけではない。かといって隙間だらけというわけでもない。
ロックミュージックが一体ここで何を意味しているのかというのはたぶん人によって読み込みかたが違うと思うんですが、音楽経験の浅いわたしとしては次のように考えております:ギター、ベース、ドラムが中心になって、それらの演奏であり絡み合いに重点が置かれてる音楽。いやそれだけだとあれもそうだろこれもそうでしょ、となるけれど、とりあえずポップスとの差別化が図れればここでは十分です。ポップミュージックは俺定義ではヴォーカルとその他バックミュージックの対立構造で、ヴォーカルをバックが激しくゆるく盛り上げるかんじになります。だいぶてきとうなこと言いました。あまり本筋には関係ありません。
でまあなにが奥田民生の玄人受けなのかといえば、こういう、作品の完成度をひたすら上げていく、しかも、それはロックミュージックという閉じた文脈の中での作業であって、まあもちろん聞いてて気持ちいいので一般のリスナーにも訴えかけるのかもしれませんが、いやでもそれはどうか。『股旅』 (1998) くらいまでの彼はことばにキレがあって、風景とか感情の切り取り方がすごいうまいなあというもっぱらの感想を僕は抱いていました。「悩んで 学んで」 (1995) とか、よくわかんないけどすごくわかるみたいな当時すごくフェイヴァリットだったんですけども、今聞くとよくわからなくなってしまった。でもその辺までの彼の歌詞にはなんかこう実存に訴えかけるみたいな性質を帯びていたと振り返るんです。「イージュー★ライダー」 (1996) とか、普遍的ないい歌だしね。でも本作に収録されてる楽曲の歌詞はそれとはやっぱ異質なものだと言いたい。どちらがいいとは言わないけど(実際、近年の奥田民生の言語世界は日記的な意味で興味深いんではないかという気がしている。最近のは曲名くらいしか知らないけど)。
僕は奥田民生を語りたいというよりは、じつは、奥田民生が受容されてる環境について語りたいのだ。なんかもう別に共感とか呼ばなくなった歌詞があり、ロックという内部環境のなかで完成度を突き詰めていく態度があり、つまり言いたいのは彼の態度というのは芸術家の態度と同じものがあるんじゃないかなあということですね。芸術作品って一見してなにがしたいのかわからないのあるじゃないですか。かつ芸術家は自らの作品をわかりやすくしようとするわけでもない。いや実際はそういう努力は払われてるのかもしれないですが、しかしそもそも芸術という形式がそこで表現されてるなにごとかをわかりづらくするように思う。近頃のものだと「美を追求してるんだ」では済まないように見えるし。でも作品とか作家がなんらかの評価を受ける文脈は確実にあって(そうでなければ美術手帖みたいな雑誌は存立しえないだろう)、それは一般人にはよくわからん文脈だったりする。このアルバムで奥田民生が目指してるのも、そういう文脈で評価を受けるタイプの「レベルの高さ」なんじゃないかと思う。
まあそろそろまとめる。奥田民生は今作の中で、「ロック」という形式における音楽としての完成度の高さを追求してるんではないか、というのがポイントです。もちろん聞いてて気持ちいいんだけど、そして彼はそれも当然狙っているんだろうけど、でもこれとアジカンを並べたらやっぱアジカンのほうが人気出るんじゃないかと思う。年齢層にもよるんだろうけど。アジカンは歌詞も魅力的だしね(一般論として)。ようするに彼の音楽は“わかりにくい”のだ。いや「スカイウォーカー」とか、すごく素敵な曲なんだけど、そういう曲ばかり入ってるわけじゃないんでね。でまあそういうのがわりと「誰でも知ってる」存在として認知されてる状況ってのは、やっぱなんかあるんだろうなあ、というのが暫定的結論だ。