「ベクトル」の適切な用例

「ベクトル」という数学用語はしばしば「方向性」という意味合いで使われる。多く「ベクトルが違う」という言い回しにおいてこの用法は見られる。ところで高校数学におけるベクトルの定義は「方向をもった量」であって、それゆえ「ベクトル」をわざわざ比喩として使うならば方向だけでなく量も考慮して意味を込めるのが自然である。だが実際はひとびとはベクトルという語をもっぱら「方向性」の代替物としてのみ用いており私はそれを不満に思っていたのだが……今日、読んでいた本に「ベクトル」を適切に用いている例を見出すことができたので、参考のためにここに掲げておく。

脳を上手く使うには、活動をある程度マルチにしておくことが必要です。仕事と趣味を両方熱心にやってきた人が、仕事を辞めて趣味に専念できる環境を作ったら、その趣味に以前ほど魅力を感じなくなってしまったということがあるように、活動をシンプルにすると、その方向に向かうベクトルがどんどん小さくなってしまうということが起こります。二つ以上のベクトルを持っていると、ある方向に向かう活動の中で受けた感情系の刺激が、別の方向に向かうやる気を増幅させて、そちらのベクトルで前に進むということが起こる。ところが、その片方をなくしてしまうと、やる気を維持するのが難しくなってしまいます。

引用は、築山節『フリーズする脳』、NHK出版(生活人新書)、2005、pp.183-184から。
フリーズする脳 思考が止まる、言葉に詰まる (生活人新書)
余談ながらこの本はいい本。文章がすらすら頭に入ってこないとか言葉がうまく出てこないのは、慣れとかテクニックの問題以前にハードウェアが弱ってるのかもしれない。同じことばかり続けたり(分業体制)、パソコンの前にずっと座ったりしてるとそういう部分が働かなくなるというんだから、これは普遍的な話だ。生活の基本的な態度に食い込んでくる著作だと思う。同著者の『脳が冴える15の習慣』も読んだがこれもよかった。